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【メンバー日記】ピアノの想い出(その6)


中学生のころか、あるいは高校生のころか、いつからをそう呼ぶのか正確には知りませんが、日本は高度経済成長期に入りました。世間一般が豊かになりました。ピアノの価格も上がりましたが平均物価に較べれば相対的に安くなって、普通の家庭にもピアノが普及し始めました。そんな中、卒業期にあたって大学紛争が勃発しました。授業が行われなくなり、構内が封鎖されたため、暫くの間、実家での待機を余儀なくされました。実家にいても所在なく時間をもて余しているかに見えた私のために、父はピアノを買ってくれました。これが、私の初めてのピアノです。しかし結果的に、このピアノは有効利用されませんでした。滅多に帰ってこようとしない息子を少しでも長く留め置こうとしたのかもしれない当時の両親の心情に想いを馳せたとき、私は今もなお胸の痛みを禁じ得ない。

自分でヤマハのアップライトを購入したのは、それから何年かたって就職し、さらに1年が過ぎたころでした。独身寮の1LKに置いて、職場の仲間を誘い、ピアノパーティと称して合コンまがいの催しをもったのもこの時代でした。が、このピアノもわずかな期間しか使われていません。

結婚が決まって世帯寮に移る際、私は、件のピアノを知人に下取りしてもらい、そして、ヤマハのG3を購入したのです。こうして、3台目にして漸くグランドピアノを持つこととなりました。思い切った意気込みでしたが、実際のところ、それもかなりの早計だったと言わざるを得ません。団地形式の宿舎に弱音器の付かないグランドピアノを設置しても、気ままに弾くというわけには、なかなかいかない。その内、子供が増えるにつれ、部屋が狭くなっていき、布団の裾をピアノの下に敷いて寝たこともありました。ピアノは、買えば済むというようなものではなかったのです。それなりの環境が必要でした。ピアノは、次第に、場所を塞ぐただの置物と化していきました。

オマエハ、イッタイ、ナニヲシテルノカ?・・・と反省すべきだったでしょうか。子供のころのピアノへの憧れと手の届かなさが、私に心理的な飢餓感を植え付けていたのかもしれません。「グランドピアノ」を手に入れたことは、そのころの自分に何かしらの達成感をもたらしていたようにも思えます。ピアノはそこにあるだけでよく、つまりそれは、私の「アイデンティティ」であった・・・と今にして思うのです。

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