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  3. 【メンバー日記】やんごとなき用事


6月のある月曜日、時刻は夕方6時半を回ったところだ。ここは北区のJR赤羽駅。乗り換え客でごった返す駅構内で、人混みを縫うように改札へと進む。

「やっと着いた…ここまで遠かったな…」

筆者は神奈川の海老名在住・在勤である。それなのになぜ、平日の仕事終わりに職場から50㎞離れた赤羽にいるのだろうか。

それは、職場から帰るバスの車内でのことだった。筆者は例の如く、メンバー日記に書くネタのことで悩んでいたのだ。

「次の日記のネタが浮かばねー…」
「ん?浮かばねー?」
「うかばね…?」
「赤羽!!」

こうして、新たなコンテンツを求めて急遽赤羽に向かうのだった。

「どこか良いお店がないかな…」

せっかく飲み屋の聖地に来たのだ。願わくば美味しいお酒と料理を楽しみたい。しかしこの日は月曜日。あいにく営業していないお店も多かった。

しばらく路地裏を彷徨っていると、ポツンと明かりの灯るお店が目に飛び込んできた。入口の前に店名が書いてあるだけで、窓ガラスは曇っており中の様子は伺えない。恐る恐る引き戸を開けた。

「おかえり!」

大将の温かな声が響く。こぢんまりとした店内には10席ほどのカウンターがあり、2人の常連さんが大将と談笑していた。

カウンターの上の大きな鍋には、様々なおでんが浮かんでいた。まずは生ビールと、大将おすすめのおでん盛り合わせを頼んだ。

お通しをつまみながらしっぽり飲んでいると、陽気な語り口で常連さんの一人が話しかけてくれた。

「お兄さん、今日はどこから来たんですか?」

海老名からと告げると大将が言った。

「え?そんな遠くから!やんごとなき用事?」

ここまでの経緯を話す。

「おお!そりゃ、やんごとなき用事だ」

おでん盛り合わせを頂く。上品な味わいの出汁がしっかり具に染み込んでいて、ついつい箸が進む。食後はカップ酒の出汁割を頂き、体の芯からポカポカと温まった。

大将、常連さんの人当たりの良さもあり、店内はとても温かい空気に包まれていた。入りづらい店の外観とは裏腹にとても安心感のある空間で、ずっとここで飲んでいたいと思った。しかし次の日も仕事のため長居はできない。また来ることを告げてお店を後にした。

「お兄さん、気を付けて帰りなよ!」

手元の腕時計は8時半を指していた。お店に入る前より少しばかり涼しくなった気がする。酔い覚ましの散歩には丁度良い気候だ。気分の赴くままぶらぶらと歩く。

「あれ?ピアノがある!?」

大通りに面した書店の入口に、艶のある鏡面仕上げのピアノが置かれていた。「Schweizerstein」のロゴが目を引く。初めて弾くメーカーだ。

今回弾いたのはベートーヴェンのピアノソナタ第32番。最後のピアノソナタだ。まだ全曲通すことはできないが、第2楽章のジャジーな旋律を繰り返し弾いた。このピアノの硬質なサウンドが、曲によくマッチするように思えた。

演奏を終えると、拍手の音が聞こえてきた。振り向くと年配の男性1人が聴いてくださっていた。お礼を伝え、話しかけた。そしてピアノの話題や赤羽の街のローカルトークで暫し盛り上がった。このひと時こそが、ストピ巡りの醍醐味だ。

次は男性の番だ。彼が弾いたのは、筆者が初めて聴く曲だった。優しく温かい旋律に強く胸を打たれる。味わいのある演奏に拍手をせずにはいられなかった。

「この曲は、僕が作った曲なんですよ」

どうやら奥様への感謝を込めて最近作った曲だそうだ。たまにここに来ては、こっそりと練習しているらしい。そう聞いてますます感激してしまった。

そうこうしているうちに9時になった。今日のピアノの開放は終わりだ。素晴らしい演奏を聴けたことへの感謝を伝えて別れ、駅へ向かった。

今回は赤羽の街で素敵な方々とお店、美味しいおでんとお酒、そして音楽に出会うことができた。まさに最高の夜であった。

「これで明日から仕事も頑張れそうだ」

こうして最強になった筆者は埼京線に乗り、北区から帰宅するのであった。

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