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  3. 【メンバー日記】新しいピアノと調律の話

 前回の日記にも少し書きましたが、先月、これまで使っていたレンタルのピアノを返却し、新しいピアノがうちに来ました。今回はそれについて。

 新しいピアノといっても、ピアノ自体おニューなわけではなく、長らく老人ホームにあったピアノです。掃除もされずにほぼ放置されていたからか、うちに届いた時には埃だらけ。変な塗料の跡はあるし、鍵盤も汚れでベタベタ。そして肝心の調律はビヨンビヨンに狂っていました。全体的なアクションは悪くはないですが、弾いた後にハンマーが戻り切らない箇所が数か所あったり、やや出にくい音域があったりといった状態。
 それらを目の当たりにして、「ああ、自分はなんてヒドいピアノを譲り受けてしまったのだろう…。」と一瞬思いましたが、気を取り直して丁寧にボディや鍵盤の汚れを拭きとると…まあ少しはマシになったかな。調律はガタガタでしたが、出ない音があったりとか鍵盤が戻ってこないとかそういうのはなかったので一安心。
 その後、リストのハンガリー狂詩曲を思いっきり弾いてみたら、ピアノさんも目覚めたのか、急にアクションが改善されたような感じがしました。
 見た目は木目調のオシャレなピアノで、部屋に置いていても違和感もなく、だんだんと愛着が湧いてきました。

 とはいえ、ホンキートンクピアノのような酷く狂ったピアノの音がとにかく気持ち悪い。暫くの間、「早くいい状態で弾きたいなぁ。」とずっと思っていました。
それから程なく、ピアノを譲り受けるきっかけを作ってくれた高校時代の音楽の先生に、調律について連絡をすると、「腕の良い方を知っているよ!」と言って、ある調律師さんをご紹介いただき、依頼する流れになりました。なんとその方、ベーゼンドルファーで修業を積み、スタインウェイやベヒシュタインの調律技術も持つ、コンサートチューナーの方でした。

 「こんなピアノでも生まれ変わるのかな、どうなるんだろう…」などと期待と不安を胸に、先日、調律の当日を迎えたわけですが、結論からいうと、見違えるほど(聴き違えるほど?)変わりました。きちっと調弦されて音程が合っただけではなく、音は丸くて本当に綺麗な音になり、アクションの性能もより均一になった感じで弾き心地もさらに良くなりました。これには本当に嬉しくて、その後は毎日、仕事が終わって帰宅してからピアノに触るのがとても楽しみになりました♪♪

 さて、そんなピアノのビフォアーアフターを見せつけてくれた調律ですが、かかった時間はなんと4時間弱! 普通の調律の時間の倍以上かけて、丁寧にやっていただけました。折角の凄腕調律師さんの仕事ぶりを見れる貴重な機会ということで、作業中ずっと見学させていただいたのですが、それだけでなく色々とお話も伺うことができました。
 特にピアノ弾きの皆さんは興味があるだろうと思いますので、伺った話をここで共有したいと思います。

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■調律が大きく狂っているピアノは複数回調律を繰り返す
 長く調律されていなかったり、調律が大きく狂っているピアノは、ピッチ上げの作業を数回繰り返すようです。
 今回の僕のピアノも、2周、調弦をしました。作業の順序としては、①ピッチ上げ調律→②アクション部分一式を取り出して掃除→③アクションの調整→④再度調律&音色の調整、という流れでした。

■打弦点の話と、弦の長さ
 弦の1/8くらいの場所を打弦するのが理想と言われているそうです。
 「理想的な低弦の長さは5mくらいと言われます。でもそれだとピアノが長くなりすぎるんです。だから低い弦は太く重くしているんですね。背の低いアップライトなんかは構造上無理があったりしますが、日本の技術でなんとか上手く作っているようです。」というお話を伺いました。

■掃き掃除
 アクションを一式を取り出し、掃除機で吸いながら刷毛でホコリを落としていく作業です。アクション部分を取り外した状態はなかなか見ることが無いので、新鮮でした。

(アクションを取り出したピアノ。)


(外されたアクション部分。)

■レットオフ
 ハンマーのエスケープのかかる距離のことを「レットオフ」と言うそうです。
「グランドピアノだと2mm、スタインウェイだと1.5mmまで近づけられる。アップライトだと5mmとか。これがグランドとアップライトの大きな差で、あまり遠いとアクションが悪かったり、芯のある音がでなかったりするんです。」と仰っていました。
 多くのアップライトピアノには真ん中のマフラーペダルがありますが、これを使う場合、通常レットオフを広くとらなければならないそうです。逆にマフラーペダルを使わないのであればもっと近づけられるそうです。
 今回、調律師さんから「マフラー使わないですよね?じゃあ今回は3mmくらいまで近づけましょう!」と言ってくださり、アクションの機能を優先する調整をしていただきました。

■ハンマーの動きが悪い原因と改善策
 ピンの汚れや錆びで、ハンマーの動きが悪くなるそうです。
「今回は錆びまではいかない。オイルで処置するので様子見してください。」とのことで、オイルを差していただきました。
 ちなみにオイルは「バリストルオイル」というもので、機関銃でも使われているらしいです。へぇ~。

 また、動きが悪いハンマーには、あとでわかるように、チョークでチョンと印をつけて作業されていました。

■バックストップは15mm
 バックストップとは、ハンマーの後ろ側に付いているシステムで、打弦したあと、鍵盤を押したままの状態でハンマーが戻ってストップする位置のことを言うそうです。このストップを「キャッチング」というらしいのですが、これが近すぎても遠すぎてもダメで、弦からハンマーが15mmの距離にすると教えていただきました。これが遠いとストロークが伸びるために連打がしづらくなり、また逆に近すぎるとハンマーのフェルトが弦の振動を吸いとってしまい、音の減衰が早くなってしまうそうです。
 また、「グランドピアノは、キャッチングされる前に半分戻ってきた状態でまた打弦できるが、アップライトは完全に戻りきってからじゃないと次の打弦はできない。そのため、連打がしづらいんです。」と伺いました。
 今回、バックストップの位置に多少バラツキがあったので、それを全て15mmになるように調整していただきました。

■音色の調整
 ハンマーのフェルトを削ったり、フェルトに針を刺したりして調整するそうです。針を刺すとフェルトの繊維がほぐれてに空気が含まれて柔らかくなるので、音が柔らかくなります。
 また、中音域より上の場合、一つの音(1つのハンマー)に対して弦が複数ありますが、この複数ある弦に「同時に」当たる必要があるので、ハンマーを微妙に削って調整したりするそうです(なんと細かい!!)。同時に打弦できていないと、綺麗に響かずに、音が干渉しあって減衰が早くなってしまうとのことです。これは「比較してごらん!」と、実演していただきましたが、確かに、僅かにズレて2つの弦に当たるほうが早く減衰していました。
 それから、ハンマーに針を刺して音が柔らかくなるのも、凄くよくわかりました。結構劇的に変わるので慎重にする必要があるのだそうです。

(再びアクションを取り付けた状態。)

■調整は一気にやらない/ホールでの調律
 「一気に全てを調整しないほうがよいんです。季節が変わって大きく変化してしまうこともあるので。例えば柔らかい音にしようとしてハンマーを柔らかくしすぎると、梅雨時になってモコモコしたりするんです。」
 「ピアニストの好みに合わせてやるが、それでもちょっとやりすぎではと思うこともある。」とのことです。
 また、「ホールでは、あまりハンマーを調整して音色をいじるのをやり過ぎないようにしている。そもそも過度な調整は禁止されているし、アーティストによって好みは様々なので、極端にしてしまうと他の人に合わせる時にまた大幅に変えなければならなくなる。そではよくないので、もしピアニストの要望に合わせた調整できるとしても、一定範囲に留めているんです。」と仰っていました。

■本格的な保守点検をすると数日かかる
 鍵盤の高さを完璧にピシッと合わせ、レットオフ、バックストップ、その他様々なことを全てやる保守作業となると、丸2-3日かかるというお話でした。
 これは訊いていませんが、これだけの技量を持つ調律師さんを丸3日も1台のピアノのために拘束して、そのお仕事のお値段はいくらになるんでしょうか…(笑)


(完了!)

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 いかがでしたでしょうか。
 ミリ単位以下で設計され調整されていることは本当に驚きですよね。特に上で書いた「ハンマーが弦に当たるのは同時でなければならない」というのは衝撃的すぎました。
 とにかく、本当にちゃんとした調律をしていただけたので、ピアノも僕もとっても幸せです。

 僕はこれまで、幼少期~数年前までは電子ピアノで練習をしていたため、その間は調律というものに立ち会ったことが一度も無く、また数年前から最近まで使っていたアップライトも、調弦の場面しかみることはありませんでした。
 今回、アクションの調整も含めた調律というのを初めて見せていただいたのですが、それだけに感動も大きく、そのあまりの作業の繊細さ、そしてそんな繊細な作業にもかかわらず手際よく調律をしていく姿に、本当に驚嘆しました。

 みなさんの多くもそうだと思いますが、普段、ピアノに多くの時間接しているわけですが、その内部構造については殆ど知らない。アクションの部品一つ一つがどういう働きを持っていて、どのように上手く噛み合っているのか…そんなことはつゆ知らず、文字通り「ブラックボックス」の中身(←これは自分でもかなりうまいこと言ったと思ってる。)には無頓着で、鍵盤を叩くことと、音が鳴ること、つまり「入力」と「出力」しか意識していないわけです。
 しかし、今回、アクションを取り出していただいて、実際に内部構造をじっくり観察し、解説していただきながら調律の作業をじっくりと見学させていただいたおかげで、ピアノという楽器の構造が、本当に考え抜かれてできているんだなということを、少しだけだと思いますが、わかったような気がします。音を出すために、いくつものパーツが連動している。ミリ単位以下で設計されて、バランスよく、上手く噛み合って機能している。それなのに、何万、何十万回もの打鍵にも壊れることなく耐えるのは本当に驚異的です。

 それから、ピアノという楽器は、人の手による技術と、産業革命が生んだ技術の融合という点が、唯一無二の特異なポイントであり、魅力だと思います。
 木製の部品を使っていて、高度な職人技による部品の製作や調整が必要でありながら、ヴァイオリン等と違って、個人の工房ではなく大掛かりな工場じゃないと製造できない。ピアノ線や鋳鉄フレームは手作業では作れない。
 「木」と「鉄」の深い融合。「Natural」と「Artificial」の融合。その先に、万人を魅了してやまないピアノの音が生まれているのだ。そして、ピアノより後の時代の楽器はというと、完全に工業的に制作される電子楽器が主流になっていくわけで、そう考えると、ピアノは職人技が輝く最後の楽器なのかもしれない。
 そのようなことを色々と考えると、ピアノの音がとても価値のある魅力的な音に思えてきます。

今回は以上です。

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S.T

ピアノサークル ピアノを弾きたい!

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