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  3. 【メンバー日記】早稲田キャンパスピアノ&今年の「ストピ活」の総括

12月18日水曜日。この日は午前中、実家でテレワークをしていた。午前中の業務を終えてパソコンを閉じた瞬間、思わず「よし、今日の仕事終わり!」と声に出してしまった。午後休を取ってまで参加したい、とても楽しみにしていたイベントがあったのだ。

急いで支度を整え、中野から東西線に乗り込む。向かう先は母校・早稲田大学。コロナ禍の最中に大学院を修了して以来なかなか訪れる機会がなく、今回の訪問は数年ぶりとなる。

高田馬場からは、サークルのユニフォームを着た学生たちが次々と電車に乗り込んできた。会話の弾む様子を見て、学生生活がすっかり元通りになったことを実感する。懐かしい景色が広がる早稲田駅で降り、かつて通ったラーメン屋や定食屋が昼休みの学生たちで賑わう様子を横目にキャンパスへと向かった。

銀杏の落ち葉で黄色く染まった道を歩いていると、在学時の記憶が蘇ってくる。キャンパスの奥へ進むと目に飛び込んできたのは、「村上春樹ライブラリー」。早稲田のOBである村上春樹さんの作品を中心に幅広い文学作品を扱うこのミュージアムは、2021年に完成したばかりの施設だ。今回、ようやく初めて足を踏み入れることができた。館内に入ると学生たちが明るい挨拶とともに、カフェスペース「橙子猫」に案内してくれた。

本棚に囲まれた温かみのある空間の一角には、ヤマハのグランドピアノが置かれている。このピアノは、かつて村上春樹さんが経営していたジャズ喫茶「ピーターキャット」で使用されていたものだという。今日はなんと、このピアノを演奏できる「早稲田キャンパスピアノ」という特別なイベントの日なのだ。

「早稲田キャンパスピアノ」は、コロナ禍で希薄になった人のつながりを取り戻すため学生有志たちにより2021年に始まり、年に2回のペースで開催されている。今回で7回目を迎え、学生スタッフたちが代々その運営を引き継いでいるという。こうして活動が続けられていることに頭が下がる思いだ。

受付を済ませ、席で待っていると「12時20分から予約のNさん」と呼ばれた。このイベントはネット予約制で、今回は20分の演奏枠を確保することができた。演奏する曲は、ベートーヴェンのピアノソナタ第31番。大学2年の頃、当時所属していたピアノサークルの先輩がこの曲の3楽章を弾くのを聴いたときに衝撃を受け、何が何でも弾けるようになりたいと願った特別な曲だ。

学生スタッフの方のMCに続き、自己紹介とこの曲に対する思い入れ、そして母校で再び弾けることへの感謝を少しばかりお話させていただいた。いよいよ演奏のときだ。椅子に腰掛けて深呼吸をする。

演奏を始めたその瞬間、最初の一音に全身全霊を込めた。その響きが静けさの中に広がり、第1楽章の祈りのような音楽が始まる。この楽章を弾いていると、心が洗われるような感覚に包まれる。あれから数年、この1楽章を何度も繰り返し弾いてきた。今では最も長く付き合っている曲となったが、初めてこの曲に向き合ったときには、ここまで深い縁が続くとは思いもしなかった。

第2楽章に入ると、曲調は一転し、深刻さの中にも軽快さが感じられる音楽が始まる。中間部の下降音型が難しく、学生時代には部室の電子ピアノに向かい、ひたすらその部分を練習していたことを思い出した。この日もその箇所を完璧に決めることはできなかったが、演奏をしながら、その時の記憶が脳裏に浮かんできた。何度も繰り返し練習し、少しずつ弾けるようになった日々。その積み重ねが、自分の中で大切なものとして刻まれている。

第3楽章に入ると、冒頭の深い絶望を表す旋律が空間を満たす。低く静かな響きは、胸の奥深くを揺さぶるようだ。フーガが始まると、絶望の中に差し込む希望の光を感じる。複雑な旋律が絡み合いながらも、音楽は前進し、やがて力強さを増していく。この部分を弾いていると、自分自身とても勇気づけられているように感じる。練習を重ねるうちに、ただ音を並べるのではなく、このフーガに込められた希望を伝えられるようになりたいと思うようになった。そしてコーダ。音楽が最高潮に達し、絶望を乗り越えた先にある輝きが力強く歌い上げられる。この曲と共に歩んできた学生時代の思い出をすべて音に込めた。

最後の音が消えると同時に、静寂が訪れる。ピアノから顔を上げると、30人ほどの学生や先生方が拍手を送ってくださる姿があった。その温かい拍手に包まれながら、少し緊張していた心が解けていくのを感じた。再びマイクを手に取り、この特別な機会をいただいたことへのお礼を伝えると、さらに大きな拍手が返ってきた。その余韻を胸に抱きながら席に戻った。

その後も、多くの方がピアノを弾きに訪れた。学生や教職員の皆さんはもちろん、他大学から足を運んだ方や地域にお住まいの方、さらには卒業生の方々も参加されていた。中には第1回から連続して参加しているという方もおり、このイベントがいかに多くの人に愛されているかが伝わってきた。幅広い世代、バックグラウンドの人々が集い、それぞれがピアノを通して表現している光景は、なんとも素晴らしいものだった。

演奏される曲もさまざまで、クラシックの名曲からポップス、さらにはクリスマスシーズンにちなんだ楽曲まで、バラエティに富んでいた。その選曲や演奏スタイルに、それぞれの個性や思いが感じられ、会場は大いに盛り上がった。中にはチェロやギターとセッションを行う方もいて、間近で聴く美しいアンサンブルには心を奪われた。

今回のイベントで特に印象的だったのは、誰もが他の方の演奏を真剣に聴き、熱い拍手を送っていたことだ。音楽を通して場が一つになるのを感じることができた。

15時半、すべての演目が終了した。最後に学生スタッフのリーダーの方が締めの挨拶をされると、会場は温かい拍手に包まれた。

「こんな素敵な会に参加できるとは、なんてしあ わせだ!」

最後に学生スタッフの皆さんにお礼の言葉を伝え、会場を後にした。音楽を通して人と人がつながる、素晴らしいイベントだったと思う。今後もぜひ参加できればと思う。

【今日の飯テロ】
イベント中、ピアノの傍のカフェスペースでランチをとりました。ドライカレーがとても美味しかったです。横から流れてくるバラード4番を聴きながらの食事は、なんとも優雅でした。


さて、今年のストリートピアノ日記はこれで最後になります。ということで、ここからは今年の「ストピ活」の総括をしたいと思います。

まずは、今年執筆した22本のストピ日記を1本ずつ振り返っていきたいと思います。

(1) 坂戸駅 ストリートピアノ
坂戸駅構内にあるカワイのグランドピアノを演奏しました。美しいステンドグラスを眺めながら開放的な空間での演奏はとても心地よかったです。また、演奏を通して外国人の方と心温まる交流を持てたことも印象に残っています。音楽は、言葉の壁さえも超えるコミュニケーションツールであることを改めて実感しました。

【メンバー日記】坂戸駅 ストリートピアノ

(2) フォーシーズンズ志木 ストリートピアノ
今年の年始に突如登場したストリートピアノ。なんといっても、筆者が知る限り1都3県の常設のストピで唯一のフルコン、しかも1日20分まで弾ける(10分の演奏枠×2)という贅沢っぷり。あまりにも気に入った筆者は、毎月志木でチャイコフスキーの「四季」を1曲ずつ弾くという目標を立て、実際に毎月通いました(「四季」が弾けた、とは言っていない)。通っているうちに沢山の方と知り合い、ストピ友達が増えました。

【メンバー日記】フォーシーズンズ志木 ストリートピアノ

(3) 豊洲文化センター ストリートピアノ
隔月に1回、定期的に開催されているストリートピアノ。ヤマハのSシリーズを屋外の開放的な環境で弾ける貴重な場所です。とてもコンディションの良いピアノで、思う存分に演奏を楽しむことができました。

【メンバー日記】豊洲文化センター ストリートピアノ

(4) 上野駅 ストリートピアノ
期間限定で設置された上野駅のストリートピアノ。改札前の人通りが多い場所に置かれており、奏者や観客で大いに盛り上がっていました。筆者は例の如く、ベートーヴェンのソナタ31番第1楽章を演奏したのですが、前に並んでいた方がなんと3楽章を完璧に弾きこなしていたのが印象に残っています。同じ曲を愛する人と出会える喜びを実感しました。

【メンバー日記】上野駅 ストリートピアノ

(5) 目黒を巡ろう
お花見シーズンに訪れた中目黒。賑わう目黒川沿いを散策する中で見つけたおしゃれなカフェバーの店内には、自由に演奏できる電子ピアノがありました。雰囲気ある空間の中で演奏できたのは、非常に贅沢で楽しいひとときでした。食事もとても美味しかったです。

【メンバー日記】目黒を巡ろう

(6) ミナカ小田原 ストリートピアノ
小田原駅前の複合施設にあるグランドピアノを演奏しました。20分枠でしっかりと重厚感のある響きを堪能。施設内では地元の名産アジを使った食事や、街を一望できる展望フロアの足湯も楽しむことができ、ゴールデンウィークの素敵な思い出ができました。

【メンバー日記】ミナカ小田原 ストリートピアノ

(7) 大崎ウィズシティ ストリートピアノ
オフィスビルのロビーに設置された電子ピアノを訪問しました。土曜日ということもあり貸し切り状態で、人目を気にせず自由に演奏を楽しむことができました。グランドピアノに近い演奏感で、弾いていてとても気持ち良かったです。

【メンバー日記】大崎ウィズシティ ストリートピアノ

(8) 川越 蓮馨寺 「桜咲け 寺ピアノ」
3月末、桜の花が咲きかけた蓮馨寺の境内では、ストリートピアノを囲んで多くの人が集まっていました。ただピアノを弾きあうだけでなく、ピアノ伴奏にあわせた合唱や即興セッション、ラジオ体操などもあり、とても楽しい時間を過ごすことができました。ピアノを通じて生まれる一体感や温かな雰囲気が印象的でした。

【メンバー日記】川越 蓮馨寺 「桜咲け 寺ピアノ」

(9) 所沢駅 ストリートピアノ
7月末で終了した所沢駅のストリートピアノは、いつも温かい雰囲気に包まれており、筆者にとっても特別な存在でした。ピアノとの別れ、常連の方々との別れは寂しいものの、ともに過ごした時間はずっと記憶に残り続けることでしょう。

【メンバー日記】所沢駅 ストリートピアノ

(10) 復興祈願・能登ヒバピアノを弾く@青山スパイラル
今年の正月に甚大な地震被害を受けた能登地方の復興支援イベントが開催され、能登産のヒバで作られたピアノを弾く機会がありました。優しく温かい音色に触れ、まだ訪れたことのない能登への思いを馳せる体験となりました。

【メンバー日記】復興祈願・能登ヒバピアノを弾く@青山スパイラル

(11) イオンモール千葉ニュータウン中央・新鎌ヶ谷駅
イオンモールでは映画館前に設置されたピアノを演奏し、家族連れで賑わう楽しい雰囲気の中のびのびと演奏することができました。一方、新鎌ヶ谷駅ではその場に居合わせた方々からリクエストを受け、普段弾かない曲にも挑戦しました。いつもはベートーヴェンばかり弾いている筆者にとって、新鮮な経験となりました。

【メンバー日記】イオンモール千葉ニュータウン中央・新鎌ヶ谷駅 ストリートピアノ

(12) 横浜市民ギャラリーあざみ野
日曜の夕方限定で演奏可能なヤマハのSシリーズのグランドピアノを訪れました。静かな夕暮れ時、響きの良いギャラリーのロビーで、自分の奏でる音にじっくりと耳を傾ける時間は、とても贅沢で特別なものでした。

【メンバー日記】横浜市民ギャラリーあざみ野 ロビーピアノ

(13) 蕨・西川口のストピ巡り
「イオンタウン蕨」でクラビノーバを演奏。親子連れが聴いてくれる温かな雰囲気が印象的でした。その後、西川口の角打ちで埼玉の美味しい地酒を楽しみつつ、バイオリン弾きの常連さんと即興セッション。「情熱大陸」や「チャルダッシュ」で盛り上がり、忘れられない一日となりました。

【メンバー日記】蕨・西川口のストピ巡り

(14) 神代植物公園 ストリートピアノ
神代植物公園の期間限定ベヒシュタインを演奏しました。その豊かな音色と鍵盤の素晴らしいアクションに感動し、自然と音楽が調和する特別な時間を堪能しました。演奏後はバラ園を散策し、綺麗な花々に癒されました。

【メンバー日記】神代植物公園 ストリートピアノ

(15) ヨコスカ街なかピアノ
横須賀市の「街なかピアノ」を巡りました。ヴェルニー公園では海風に乗る音色や家族連れの温かい雰囲気を楽しむことができました。コースカベイサイドストアーズでは、ショッピングモール内で子どもたちの活気を感じながらのびのびと演奏を楽しみました。モアーズでは、運営ボランティアの方がピアノを丁寧に調整されている様子を目にして、ストピを支える方の思いに感激しました。

【メンバー日記】ヨコスカ街なかピアノ

(16) 要町駅・サンシャイン60 ストリートピアノ
要町駅では真っ白なグランドピアノを演奏。ピアノの状態も音響も素晴らしく、思う存分演奏を堪能できました。その後、サンシャイン60の展望台にあるペイントされたアップライトピアノを演奏。素晴らしい景色を眺めながら、ピアノの澄んだ音色を楽しみました。

【メンバー日記】要町駅・サンシャイン60 ストリートピアノ

(17) ARK Hills Music Week 2024 ストリートピアノ
赤坂・六本木エリアで開催された「ARK Hills Music Week 2024」では、エリア内の8台のストリートピアノが開放。筆者は六本木グランドタワーとアークヒルズサウスタワーの2台を訪問しました。六本木グランドタワーではカワイ製の白いピアノを演奏。広々としたロビーに響く豊かな音色を楽しみました。多くの人が足を止めて聴いてくれたのが嬉しかったです。アークヒルズサウスタワーでは遠州楽器製のグランドピアノを初体験。その澄み切った美しい響きに感動しました。

【メンバー日記】ARK Hills Music Week 2024 ストリートピアノ

(18) ギャラクシティ ストリートピアノ
西新井の複合施設「ギャラクシティ」を訪問しました。休日のギャラクシティは多くの家族連れで賑わっていて、子どもたちが次々とピアノを弾く姿に、幼少期の思い出が蘇りました。

【メンバー日記】ギャラクシティ ストリートピアノ

(19) 経堂コルティ ストリートピアノ
経堂駅前のショッピングセンター「経堂コルティ」の屋上庭園で、クリスマス仕様のアップライトピアノを演奏しました。キラキラ光るクリスマスツリーの下、シベリウスの「樅の木」を演奏。小さな男の子が楽しそうに聴いている姿に胸が温まりました。子どもたちが次々と弾く様子も微笑ましい光景でした。

【メンバー日記】経堂コルティ ストリートピアノ

(20) 浦和駅 ストリートピアノ
浦和駅の地下通路で、地元のピアノ工房が製作したピアノを演奏しました。独自のシステムが搭載されたこのピアノは、アップライトながらグランドピアノ並みのタッチ感や響きの豊かさが感じられて素晴らしかったです。工房の方のお話も伺ったのですが、浦和に根付く地域の音楽文化を大切にしながら、新しい技術を通じて音楽を楽しむ機会を広げていく姿勢に感銘を受けました。

【メンバー日記】浦和駅 ストリートピアノ

(21) 堺市役所 ストリートピアノ
堺市役所の展望フロアで、眼下に広がる古墳群を眺めながらカワイのグランドピアノを演奏しました。重厚感あるタッチと柔らかな音色が心地よく、夕日に照らされた静かな空間で贅沢な時間を過ごせました。地元の方との温かな交流も印象的で、堺の街の魅力にすっかり惹かれてしまいました。

【メンバー日記】堺市役所 ストリートピアノ

(22) 早稲田キャンパスピアノ(本記事)
久しぶりに訪れた母校・早稲田で、ピアノを弾くイベントに参加。その場をともにした多くの方々と音楽を通して繋がれる、素晴らしい機会でした。コロナ禍以来学生スタッフたちの手で運営されてきたこのイベント、今後も末永く続いてほしいものです。

最後に、これまで訪問したストピを地図上にまとめました。今年は22本の日記を執筆し、計28か所のストリートピアノを取り上げました。ストピ日記を始めた2022年から累計すると43本、55か所となります。地図上では、赤いピンが2022年、青いピンが2023年、黄色いピンが今年の記事で取り上げたストピを示しています。これまで訪問が少なかった埼玉県内や23区の周縁部も、今年は一気にピンで埋まりました。

ひとつひとつのピンの場所を見ていると、ストリートピアノがなければ訪れることのなかった街がいくつもあることに気づきます。もちろんその場所でも、多くの人々が暮らし、それぞれの生活の中で音楽を楽しんでいます。そんな中で1台のピアノを通じて偶然にも出会い、語り合い、演奏を聴き合い、時には一緒に音楽を奏でる――ストリートピアノを巡っていると、毎回のようにそんな奇跡のようなことが起こるのです。

ただピアノを弾くだけなら、自宅や近所のスタジオで事足ります。例えば筆者は神奈川県央地域に住んでいますが、片道2時間近くかかる千葉や埼玉までストリートピアノを目指すのは、一見非合理極まりないことかもしれません。しかし、知らない街に足を運び、そこで新たな人々と出会い、そして色々な話を聞く。そんな経験からしか得られない栄養が確かにあり、そしてそれは人生を豊かにしてくれるものだと思うのです。

最近、ストリートピアノで、「あなたの日記を読んで弾きに来ました」という声をいただく機会が増えました。書きたいことを好き放題綴っているだけの日記が、誰かにとっての新しい行動や出会いのきっかけとなっている。それが私にとってどれほど嬉しいことか、言葉ででは表しきれません。

これからも地図上に新しいピンを増やし、まだ見ぬ街と人々に出会い、音楽が運んでくれる奇跡を楽しみながら、この日記を紡いでいきたいと思います。


T.N.
皆さんが今年1番「しあわせだ」と思ったのは、どんなときですか?

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