どうも、T.N.です。今日も元気にストリートピアノ日記を書いていきたいと思います。
※今回は前回からの続編です。
岐阜でのストリートピアノ巡り初日を終え、たくさんの出会いと音楽に包まれた前日。その余韻を胸に迎えた翌朝、旅は2日目へと続きます。3月22日(土)、この日もまた心惹かれるピアノとの出会いを求めて、岐阜駅近くのホテルを後にしました。
朝から良く晴れて、温かく、まさにお出かけ日和。 春の空気に包まれながら、どこか気持ちまで清々しくなります。 歴史を感じさせる繊維問屋が軒を連ねるメインストリートを歩きながら、筆者は岐阜市の中心市街地、柳ケ瀬へ向かいました。
10分ほど歩いていくと、ひときわ目を引く高い建物が目に飛び込んできました。 ここが「柳ケ瀬グラッスル35」。柳ケ瀬再開発の象徴とも言われるこの建物は、商業施設やタワーマンションが一体となった複合施設で、まだ新しさの残る外観が朝の光に映えていました。
エスカレーターで2階に上がると、ピアノの音が聴こえてきました。 音の方へ導かれるように奥へ進むと、長良川の風景をモザイクアートで描いた壁際に、1台のグランドピアノが置かれていました。 ちょうど若い女性が「千本桜」を元気よく演奏していて、その音色が場の空気をほんのり明るくしていました。 近くのベンチには、親子連れや年配のご夫婦が腰かけて、思い思いにその演奏に耳を傾けているようでした。
彼女が演奏を終えた後、筆者もそっとピアノの前へ。こちらはヤマハのC3X。一昨年こちらの施設の開業時に、岐阜信用金庫から寄贈されたものだそうです。
この日の一曲目も、やはりベートーヴェンのソナタ30番の1楽章。 鍵盤に触れると、まだ新しさが残るタッチと、落ち着いた柔らかい響きが指先に返ってきます。 ひと音、ふた音と鳴らすたびに、音がこの明るく開放的な空間に静かに広がっていくのを感じました。
モザイクアートに描かれた長良川の流れを目で追いながら演奏するひとときは、とても穏やかで心が静まっていくようでした。
演奏を終えると、近くで聴いてくださっていた女性がにこやかに声をかけてくださいました。
「ここにはたまに来るんだけど、普段はあんまり演奏する人がいなくて……今日は演奏が聴けて、得した気分です」
そんなふうに言っていただけることは、やはり嬉しいものです。 静かでやさしい空気が流れる中で、音楽を奏でることができるこの場所は、思い出の一つとして心に刻まれました。
さて、次の目的地へ向かいます。 名鉄岐阜駅から電車に揺られておよそ10分、木曽川を越えて愛知県一宮市に入り、名鉄一宮駅で下車しました。
改札を出て通路を進むと、そこにはグランドピアノが置かれていて、確かな存在感を放っていました。
土曜日の昼下がり、駅構内は多くの家族連れが行き交い、ピアノに興味を示した子どもたちが次々に鍵盤に触れていました。 お父さんやお母さんに見守られながら、小さな手で一音一音を確かめるように弾く姿はとても微笑ましく、見ているこちらの心が自然とやわらぎました。
しばらくその様子を見守ったあと、筆者も弾かせていただくことにしました。
このピアノは、シュベスターという日本製の希少なメーカーによるもの。 もともとは地元の尾張猿田彦神社に信徒の方から寄贈されたピアノだったのですが、市制100周年を記念して、駅に移設されたそうです。貴重なピアノを弾ける機会に胸が高鳴ります。
最初に弾いたのは、ショパンの雨だれ。 ついさっき名鉄線の車内チャイムでこの曲の冒頭が流れていて、電車の中でその音を耳にしたとき、「久しぶりに弾いてみよう」とふと思ったのです。
最初の音を置いた瞬間、深く落ち着いた響きが返ってきました。 重厚感のある低音はよく伸びて、空間全体にじんわりと広がっていきます。 高音も繊細でありながらどこか華やかを含んでいて、全体として非常にバランスの取れた音色に包まれました。 駅構内の喧騒のなかにありながら、音はのびのびと響き、意識は自然とピアノの音に向かいます。
演奏途中、小さな姉妹がピアノの横に駆け寄ってきて、真剣に聴いてくれている様子が視界の端に見えました。 その姿に励まされるような気持ちで、最後まで弾き切りました。
演奏を終えて振り返ると、何人かの方が立ち止まって聴いてくださっていました。 そのなかのお一人、年配の女性が話しかけてくださいました。
「月光の3楽章なんて、弾ける?」と、彼女は尋ねます。
残念ながら、いま弾けるのは、「1のみ」や…。
あいにく3楽章は弾けないことをお伝えすると、 「それなら、幻想即興曲はどう?」と、次のリクエストをくださいました。
久しぶりの演奏でしたが、せっかくなので挑戦してみることに。 速いパッセージにも鍵盤がしっかり応えてくれて、とても気持ちよく弾くことができました。 このピアノの魅力が、ひとつひとつの音からじんわりと伝わってくるようでした。
演奏を終えると、背後にはちょっとした人だかりができていて、温かい拍手をいただくことができました。それがとても嬉しかったです。
再び先程の女性と少しお話をする中で、ベートーヴェンが好きだという共通点でも話が弾み、嬉しい気持ちになりました。 一宮の街や、夏の七夕まつりについても教えていただき、「今度は七夕の時期に来てみたいな」と思いを巡らせました。
そうしているうちに、今度は若い男性がピアノの前に立ちました。 彼が奏で始めたのは、アニメやゲームの人気曲。 どの曲もリズミカルで親しみやすく、キャッチーなアレンジが耳を引きます。 通りがかった方々が足を止めて聴き入る様子が印象的でした。
演奏後、彼とも少し会話を交わすことができました。 愛知県内を中心にいくつものストリートピアノを巡られているとのことで、いろいろなおすすめスポットを教えてくれました。 その話を聞いて、この先のストピ巡りがもっと楽しみになったのは言うまでもありません。
さて、そろそろ次の目的地に向かう時間です。ここで出会った方々にお礼を伝え、その場を後にしました。 誰かが弾いて、誰かが聴いて──そうした時間が自然に流れているこの場所が、とても素敵に思えました。 次は、どんなピアノと出会えるのか。期待を胸に、電車に乗り込みました。