正月休みが終わり、夕方の池袋はいつもの賑やかさを取り戻していた。仕事帰りの人々が駅を行き交う中、筆者は少し重い足取りで歩いていた。
(あー、この年末年始は食べすぎたな…。運動しないと…。)
(でも運動といっても何をすればいいんだろうか…?)
あれこれ思考を巡らせていると、突然何者かが囁きかけてきた。
天の声「…サッカー、どう?」
(ん?何か聴こえる…?)
筆者が立ち止まって辺りを見回していると、今度は一層はっきりした声で語りかけてきた。
天の声「坂戸でサッカーどう?」
「坂戸でサッカーどう?」なんと甘美な響きだろうか。きっと坂戸に行けば素晴らしい環境のもと、最高の仲間たちとプレーができるに違いない。筆者は早速アップを始め、サムライブルーを背負う気概を胸に、東武東上線に乗り込んだ。
池袋を発つこと45分、電車は坂戸駅に到着した。
(どんな場所でプレーができるんだろう?)
筆者は胸を躍らせながら改札を出たが、すぐさま期待は裏切られることとなった。
(サッカー、できひんやん…)
確かに、目の前にはサッカーができそうなほど広々としたコンコースがあった。だが、そこにはボールもゴールポストもなく、またプレーをする仲間も一人として居なかった。筆者は失望のあまり肩を落とした。
しかし次の瞬間、ピアノの音が耳に飛び込んできた。
(お、ピアノがあるのか…)
音のする方に目を向けると、グランドピアノが置かれていた。
(よし、これでプレーができるぞ!)
ピアノの演奏では、ときに足をも使う。つまり実質サッカーと言っても差し支えないだろう。
ピアノの傍へ向かうと、弾き終わった女性がこちらを振り返って言った。
「どうぞ弾いて下さい。私はもう十分弾いたので。」
こちらのピアノは1回5分での交代制なのだが、待っている人がいなければ2回、3回と続けて弾いても良いそうだ。彼女によると、ここは普段からあまり混雑しておらず伸び伸びと弾くことができるのだとか。
早速弾かせていただくことにした。今回も例のごとく、ベートーヴェンのピアノソナタ30番の1楽章を弾いた。カワイのグランドらしく鍵盤のタッチは重めで、柔らかい音色がした。広々とした空間で、目の前の美しいステンドグラスを眺めながら演奏できるのは、とても贅沢な体験であった。
演奏を終えると、通りすがりのアフリカ系の男性が英語で話しかけてくれた。
「すごいね!僕はジャズが好きなんだけど、何か弾ける曲はないかい?」
筆者もジャズを聴くのは好きだが、演奏できるレパートリーは残念ながら持ち合わせていなかった。そこで、ベートーヴェンのソナタ32番の第2楽章からジャズの雰囲気を感じさせる部分を抜粋して弾くことにした。「ジャズではないけれど」と断りを入れてから、短く演奏した。
彼は満足そうに頷き、こう尋ねた。
「いいね、その楽曲は誰の作品なの?」
筆者が答えると、彼は驚いた表情で言った。
「ベートーヴェン!? こんなユニークな曲があるとは初めて知ったよ!」
「気に入った!あとで調べて聴いてみるね!」
自分のレパートリーに興味を持っていただけたのは、この上ない喜びであった。
彼は去り際にこう言った。
「今日は良い演奏が聴けて良かった!また弾きに来てね!」
坂戸に次に来るときは、ジャズの曲を用意していくことを約束し、彼と別れた。素晴らしい国際試合ができた1日だった。
【今日の飯テロ】
試合の後は、お隣の北坂戸駅近くの洋食屋さんでステーキを頂きました。
カウンターの目の前の鉄板で焼いてくださったのですが、ジューシーな肉汁があふれる様子はまさに芸術的でした。お肉はとろけるように柔らかく、生姜ベースのソースともよく合い、とても美味しかったです。
「年末年始に食べ過ぎたのに、またハイカロリーなものを食べたのか?」だって?
カロリーは寒さに弱いので、ダジャレを言えばゼロカロリー。
ということで、皆さんご唱和ください。
ステーキ、素敵!